2026年3月14日土曜日

AIは文学の「共鳴者」か、それとも「侵略者」か?

 「ついに、文学の城壁も崩れ始めたのか――。」

先日、日本経済新聞に掲載されたあるニュースを見て、私は背筋が寒くなるような、それでいて妙に納得してしまうような不思議な感覚に陥りました。

その記事のタイトルは、**「星新一賞、AI作品が上位独占 文学とは何かを問う」**というものです。

星新一賞で起きた「地殻変動」

SF作家・星新一氏の精神を継ぐこの文学賞は、以前からAIの活用を公に認めている珍しい賞です。しかし、今回の結果は衝撃的でした。最終選考に残った作品の多く、そして上位入賞作のほとんどが、AIを駆使して執筆されたものだったというのです。

選考委員からは、「AIが書いたと言われなければ分からないほど完成度が高い」と驚きの声が上がる一方で、「人間の内面から滲み出る情念が希薄ではないか」という、文学の本質を問う声も漏れました。

プロットの生成から文章の推敲まで、AIはもはや単なる「道具」ではありません。作家にとっての「共鳴相手」や「共同執筆者」として、創作の核心にまで入り込んでいる実態が浮き彫りになったのです。

「純文学」の聖域にも忍び寄るAI

「SFの賞だから起きた特殊な出来事だろう」と考えるのは、少し楽観的すぎるかもしれません。実は、AIの影はすでに「純文学」の最高峰や海外の文学界にも色濃く落ちています。

記憶に新しいのは、第170回芥川賞を受賞した九段理江さんの『東京都同情塔』です。受賞会見で「全体の約5%は生成AIの文章をそのまま使っている」と明かしたことは、日本文学界に大きな波紋を広げました。

海外に目を向ければ、中国のSF賞でAI生成小説が2位に入賞して物議を醸したり、ニュージーランドの文学賞では「表紙のデザインにAIを使った」という理由だけで有力候補が失格になったりと、AIの介入に対する拒絶反応と浸透が同時に起きています。

私たちが直面する「表現」の岐路

作家の立場からすれば、AIは「煮詰まった時の壁打ち相手」として、これ以上なく便利な存在です。語彙の提案や構成の整理など、創作を強力にサポートしてくれる恩恵は計り知れません。

しかし、そこで大きな問いが生まれます。

「どこまでが人間の才能で、どこからがAIの処理能力なのか?」

「AIが書いた『完璧すぎる一文』に、私たちは心を動かされるのか?」

創作におけるAIの関与を制限しようとしても、その「線引き」を客観的に判断することは極めて困難です。今後の文学賞は、単に作品の質を競うだけでなく、「人間が書くことの意味」そのものを定義し直すという、非常に難しい課題を突きつけられています。

私たちは今、AIによる「完璧な創作」と、人間ならではの「不器用な情念」のどちらを評価すべきなのでしょうか。試されているのは、書き手だけでなく、それを受け取る私たち読者の「感性」なのかもしれません。


初の女性首相へ必要なのは「批判」か「応援」か〜毎日新聞のコラムを読んで〜

 昨日の毎日新聞夕刊のコラム「憂楽帳」は、次のような内容でした。

筆者が最終面接で男性役員から「うちは女性、要らないんだよね」と言われた経験から始まり、初の女性首相である高市首相への批判が綴られていました。米トランプ大統領に身を寄せられても嫌がらず隣で跳びはねるなど、古い価値観や社会の「空気」に過剰に適応する政治姿勢に息苦しさを感じているようです。コラムでは、それが少数派の女性政治家として模索した末の「サバイバル術」であると理解を示しつつも、理不尽の温床になる価値観をアップデートするよう求めていました。


これを読んで改めて、初の女性首相に対する批判は相変わらず厳しいなと感じました。

大半の女性は、高市首相を良い意味で支持していると思います。しかし、一部の女性、特に女性運動の活動家からは、このコラムのように「期待外れだ」という声を聞きます。

私は、こうした批判に違和感を覚えています。

というのも、高市首相について語る際、多くの人が批判一辺倒のコメントをしているように感じるからです。

社会生活においては、性別に関係なく様々な壁があるものです。例えば会社組織でも、苦手な上司の下で否応なく指示に従わなければならないことや、時にはお世辞を言って立ち回らなければ、乗り切れないこともあります。

それは政治の世界でも同じです。たとえ男性の首相であっても、党内の全員がしっかり支えてくれるわけではありませんし、官僚がすんなりと首相の意向通りに政策を推進してくれるとは限りません。初の女性首相である高市首相は、「女性である」というだけでも、男性首相以上に政策実行への抵抗が大きいと推察します。

そのような立場の首相に対しては、批判的な言葉を投げかけるのではなく、どんどん支援の声を上げた方が良いのではないでしょうか。特に女性の権利を主張する人たちこそ、そうするべきだと思います。

言ってみれば、高市首相は政治という分野で女性陣の先頭に立ち、意図せずとも女性の活躍の場を広げようとしている存在です。彼女の政権運営がうまく進めば、「女性でも国のトップとしてきちんとやれる」という認識が社会に広まります。批判的な意見ばかりを述べるのは、味方を後ろから撃つような行為に思えてなりません。高市首相の歩みが前進すれば、間違いなく女性の活躍の場も広がっていくはずです。


2026年3月13日金曜日

衆院選の「自民圧勝」をどう見る?SNSブーストとマスコミの終焉

 先日、毎日新聞のコラム「はじまりのうた」で、自民党が歴史的勝利を収めた5つの要因が分析されていました 。


記事で挙げられていた勝因は以下の5点です。

  • 「高市」ブランドの争点化:政策論争ではなく、高市首相への信任投票という形に持ち込んだこと 。

  • 高い内閣支持率:それがそのまま自民党の政党支持率回復につながったこと 。

  • 無党派層の獲得:回復した支持率を背景に、無党派層の比例投票先で1位となったこと 。

  • 野党(中道改革連合)の失敗:敵失による追い風があったこと 。

  • SNSブースト:政党による有料ネット広告が起爆剤となり、動画が1億回再生を超えるなどの増幅現象が起きたこと 。

コラムの結論では、こうした「SNSブースト」が民意をゆがめる懸念があるとして、ネット広告の規制の必要性を説いています 。


違和感の正体:順序が逆ではないか?

私はこの記事を読んで、勝因の重要度は「逆」ではないかと感じました。特に**「中道改革連合の失敗」「SNSブースト」**の影響こそが、今回の結果を決定づけた最大の要因だったのではないでしょうか 。


特に注目すべきは、ネット広告規制という結論が導かれるほどの影響力を持った「SNSブースト」です 。選挙結果を大きく左右したのは間違いありませんが、新聞記事が主張する「規制が必要」という結論には、私は首を傾げざるを得ません 。


「オールド・マスコミ」の焦りとネット民のしたたかさ

「ネットが民意をゆがめる」という主張は、これまで世論形成を独占してきた新聞やテレビといった「オールド・マスコミ」による、影響力低下への恨み節のようにも聞こえます 。今回の選挙で明白になったのは、SNSの影響力が既存メディアを上回ったという事実です 。


では、本当にSNSを規制すべきなのでしょうか? 確かに誹謗中傷などの問題はありますが、ネットユーザーは私たちが考えている以上に「したたか」です 。


  • ネット民は自ら正しい評価を行い、問題のある発信には厳しい態度を取る自浄作用を持っています 。

  • かつてと違い、今の有権者は問題発言に対して即座に反論できる「武器」を手にしています 。

既存メディアの評価が下がり続けている現状を見ると、時代の主役が交代したことを実感します。規制に頼るのではなく、新しい情報の波をどう乗りこなすべきか、有権者一人ひとりの審美眼が問われているのかもしれません。


2026年3月13日(金)付毎日新聞夕刊の上級数独の解き方

3月13日(金)付の毎日新聞夕刊に掲載されている第5319回・上級数独の解き方を説明します。




問題は上のようなものです。




とりあえず、簡単にわかるところだけを埋めてみます。以下のようになります。


下の図を見てください。左側2列目の9つの箱に注目します。この図で赤い直線で示した箱には「2」がその直線上にあります。従って、赤い丸で示した箱に、「2」が入ります。



下の図は、「2」を入れたものです。ここでもう一工夫する必要があります。





下の図を見てください。



赤い丸印で示した箱に注目します。この箱の縦横にある数字と、この箱がある9つの箱にある数字を見てみると、赤い丸印で示した箱に「3」が入ることがわかります。


下の図は、「3」を入れたものです。ここでもう一工夫する必要があります。



下の図を見てください。




赤い矢印の上には、「1」と「6」があります。従って、赤い丸印には、「1」と「6」のいずれかが入ることが分かります。そうすると、残りの赤い四角で示した箱には、「7」か「9」が入ることが分かります。


これを使うと、中央下段の一つの箱に「7」が入ることがわかります。





ここで、もう一工夫する必要があります。


下の図を見てください。





青い丸印で示した箱に注目します。この箱の縦横にある数字と、この箱がある9つの箱にある数字を見てみると、青い丸印で示した箱に「5」が入ることがわかります。(注:赤い四角の2つの箱には、「7」もしくは「9」が入ることが分かっています。)


ここで、もう一工夫する必要があります。 下の図を見てください。



赤い丸印で示した箱に注目します。この箱の縦横にある数字と、この箱がある9つの箱にある数字を見てみると、赤い丸印で示した箱に「6」が入ることがわかります。

さらに同じような方法で、青い丸印をした箱に、「9「が入ることが分かります。

これ以降も、上に示したような方法で、特定の箱に入る数字を決定することがあります。

それ以降も、難しいところもあると思いますが、じっくり考えれば解くことができると思います。頑張ってみて下さい。





2026年3月11日水曜日

AIと探る「逆読み文章」の不思議―日本語から中国語の神業まで―

 ネットで、読む方向によって意味が劇的に変わる不思議な文章を見つけました 。 あまりに面白い仕掛けだったので、AI(Gemini)に「これに似たものを他にも教えて」とリクエストしてみたところ、驚くほど奥深い「言葉遊びの世界」が広がっていたのでご紹介します 。


1. 日本語の「逆読み」の妙

まずGeminiが教えてくれたのは、こんな文章です 。


【文章例:ブラック企業か、ホワイト企業か?】 社員は使い捨てのコマだ。 そんなこと言うのは誰だ? 「社員の幸せを一番に考える」 それが我が社だ。 利益だけを追求する なんて絶対にありえない。


上から読むと冷徹な企業理念に見えますが、下から一行ずつ読み上げると、一転して「社員想いの素晴らしい会社」に早変わりします 。


また、「クラス会」というテーマで作成を依頼したところ、こんな可愛らしい例も返ってきました 。


【テーマ:クラス会】 楽しい時間を過ごしたいの。 嫌よ、クラスのみんなと別々に なんて…そんなの私 じゃないから。これからも 私が一緒に笑いたいのはみんな だから、わかって。


(※下から読むと「みんなと一緒に笑いたいわけじゃない」という寂しい意味に反転します)

2. 世界にもある「逆読み」の文化

この仕組みは日本特有のものかと思いきや、英語や中国語にも存在するそうです 。


  • 英語:Reverse Poetry(リバース・ポエム) 「I am a failure.(私は失敗作だ)」という絶望の詩が、下から読むと「There is hope.(希望がある)」という希望の詩に変わる例を紹介してくれました 。英語圏でもSNSなどで人気の技法だそうです 。

  • 中国語:反向詩(ファンシャンシー)と回文詩(ホイウェンシー) 現代のSNSで流行っている「行」を逆読みするもののほかに、中国には古来より**「漢字を1文字ずつ逆順に読んでいく」**という「回文詩」という神業があるそうです 。

3. 中国4000年の歴史が放つ「究極のパズル」

特に驚いたのが、中国語の回文のレベルの高さです。

  • 視点が反転する詩: 宋の時代の天才詩人・蘇軾の詩では、順に読むと「風景から室内(お茶)へ」とカメラが寄り、逆に読むと「お茶から雄大な風景へ」とカメラが引いていくような構成になっています 。

  • 究極の回文『璇璣図(せんきず)』: 4世紀に作られたこの作品は、29×29のマス目に841文字が並んでおり、縦・横・斜め、どこからどう読んでも詩として成立します。なんと7,900通り以上もの読み方ができるという、まさに「ラスボス級」の言葉遊びです 。

おわりに

何気ない疑問から始まったGeminiとの対話でしたが、最後は古代中国の壮大な歴史にまで辿り着いてしまいました 。


特に『璇璣図』には、この複雑なパズルを愛する夫に贈り、心を取り戻したというドラマチックな誕生秘話もあるそうです 。興味のある方は、ぜひGeminiに詳しく聞いてみてください。きっと、言葉の持つ魔法に驚かされるはずです 。


今日はこのあたりでおしまいにしたいと思います。Geminiとの対話は、まだまだ続きそうです 。


2026年3月8日日曜日

レジ袋有料化の是非を考える

 今日の毎日新聞のコラム「松尾貴史のちょっと違和感」のタイトルは、「レジ袋有料化 ストレスに見合う効果は?」というものでした。

レジ袋有料化に対して疑問を投げかける内容で、従来のこのコラムの傾向からすると、少し意外な印象を受けました。

この施策は、小泉進次郎氏が環境大臣だった当時に導入され、現在に至っています。私は導入当時から「なぜこのような非効率なことをするのか」と疑問を抱いていましたが、政府の方針には抗えず、半ば諦めの境地で現在も不本意ながら従っています。普段はマイバッグを持参しますが、持ち合わせがないときにはレジ袋を購入せざるを得ません。

私自身、この施策は国民に負担を強いるだけで、プラスチック削減にはほとんど効果がないと感じています。コラムでも指摘されていた通り、レジ袋をゴミ袋として再利用していた家庭では、結局、市販のポリ袋を別途購入することになり、トータルのプラスチック使用量は減っていません。

また、代替となるマイバッグ自体も多くが石油製品であることを踏まえると、本末転倒な気がしてなりません。さらに、レジでの袋の要否に関するやり取りも手間であり、少なからずストレスを感じる要因となっています。

そもそも、レジ袋の原料は石油精製の過程で生じる余剰分(ナフサ)を活用しているため、資源の無駄遣いとは一概に言えないという見方もあります。

現在、多くの自治体でプラスチックの分別が行われていますが、実際にはその大半が可燃ごみと一緒に焼却処分されているのが実態です。家庭で熱心に分別しても、処理現場では一括して燃やされているという矛盾があります。一部で再資源化も進んでいますが、リサイクルには多大なコストとエネルギーを要するという課題も指摘されています。

コラムの結論では、「製造・販売企業が回収や再資源化の責任を負うべきであり、製造物責任法(PL法)の範囲を拡大すべきだ」と述べられていました。しかし、負担の主体を企業に移したところで、そのコストは製品価格に転嫁され、最終的には消費者が負担することに変わりはありません。根本的な解決にはならないのではないでしょうか。

むしろ、プラスチックごみの発生を完全に防ぐのが困難である以上、いかに効率的かつ安価に処理するかを考えるべきです。

その観点に立てば、生活全体で使われる膨大なプラスチックの中で、レジ袋だけを規制することに大きな意味があるとは思えません。レジ袋の有料化はやめ、受け取った袋をごみ袋として有効活用するほうが、よほど合理的ではないでしょうか。


2026年3月7日土曜日

2026年3月8日(日)付毎日新聞の辛口数独の解き方

 2026年3月8日(日)付の毎日新聞に掲載されている辛口数独の解き方を説明します。唐辛子のマークが5つついており、たいへん難しい問題という表示になっています。



問題は上のようなものです。



とりあえず、簡単にわかるところだけを埋めてみます。以下のようになります。


これ以上は単純な考え方だけでは数字が埋められません。少し工夫してみる必要があります。


ここで下の図を見て下さい。左側中段の9つの箱に注目します。この図で赤の直線で示した部分には「2」と「4」がその直線上にあります。従って、赤の丸で示した2つの箱のいずれかに、「2」もしくは「4」が入り、他の数は入らないことがわかります。



これを使うと、右側中段の9つ箱の一つに、「5」が入ることがわかります。


これ以降、しっかり考えれば解けると思いますが、途中少し考えないといけないところがあります。以下の図の場面です。



ここでは、下の図を見てください。赤い丸印の箱に注目します。この箱の縦横にある数字と、9つの箱のブロックにある数字を見てみると、赤い丸印の箱に「8」が入ることがわかります。



それ以降も、難しいところもあると思いますが、じっくり考えれば解くことができると思います。

頑張ってみて下さい。



AIは文学の「共鳴者」か、それとも「侵略者」か?

  「ついに、文学の城壁も崩れ始めたのか――。」 先日、日本経済新聞に掲載されたあるニュースを見て、私は背筋が寒くなるような、それでいて妙に納得してしまうような不思議な感覚に陥りました。 その記事のタイトルは、**「星新一賞、AI作品が上位独占 文学とは何かを問う」**というもの...