2025年10月24日金曜日

議論の前提を問い直す:夫婦別姓問題と、昔からあった「男性が妻の姓を名乗る」選択

 夫婦別姓を巡る議論は以前から活発であり、最近では高市早苗首相の言動も含めて、再び注目を集めています。

私の記憶では、高市氏は以前から夫婦別姓に関する法案や制度改正について言及されており、その結果、いくつかの制度は実現しています。例えば、パスポートに旧姓を併記できるようになったのはその一例です。以前、当時の小泉進次郎大臣が旧姓併記の難しさに言及した際、高市氏がその時点で既にパスポートへの旧姓併記は可能になっていると指摘されていました。

議論の前提にある「夫の姓を名乗るべき」という誤解

夫婦別姓の議論の根底には、日本における家制度の考え方があります。歴史的に見て、「家」の永続性と財産継承が重要視されてきたため、そこから夫婦同姓、そして特に夫の姓を継ぐという慣習が強く根付いてきました。

しかし、この「結婚したら男性の苗字を当然名乗る」という前提は、日本の歴史的な現実を正確に捉えていません。

江戸時代以前の女性の姓や名前については、公的な記録にあまり残されていないケースもありますが、だからといって、常に夫の姓を継ぐことが当然だったわけではありません。むしろ、「婿入り」という言葉があるように、娘しかいない家や、家業の継承を重視する家では、婿を迎え、婿が妻の姓を名乗って家を継ぐことは、ごく当たり前に行われていました。

特に、大阪の船場(せんば)のような商業地では、息子がいても娘に優秀な婿を迎え入れ、家業を継承してもらうという慣習があったのは有名な話です。これは、家を継続し、商売を発展させるためには、血縁よりも能力を優先し、他家から優秀な人材を迎え入れる方が良いという、極めて合理的な判断に基づいています。

高市早苗氏の事例とメディアの矛盾

このように、姓の選択が必ずしも性別や伝統的な「男系」のルールに基づいていたわけではないにもかかわらず、今の夫婦別姓の議論は、大半が「夫の姓を当然名乗る」という前提で進められているように見えます。

高市早苗氏自身のエピソードも、この前提を問い直します。高市氏は、離婚した山本拓氏との再婚のときに、じゃんけんをして高市姓を名乗ることを決めたそうです。当時、元夫である山本拓氏は高市姓を名乗ることになったはずです。

それにもかかわらず、なぜか一部の新聞報道などでは、現在でも元夫が「山本拓氏」として表記されているのを見かけます。多くのオールドメディアは夫婦別姓を支持する論調でありながら、実際に男性側が女性側の姓を選択した事例に対して、このような曖昧な表現を使うのは、論理的な矛盾であり、問題提起すべき点だと考えます。

姓の選択は、歴史的に見ても、また現代の多様な生き方を考えても、性別に固定されるものではありません。今の議論を進めるにあたり、まず「男性が姓を継ぐのが当然」という誤った前提を捨て去り、姓の選択が個人の意思や家族の事情に基づいて行えるよう、制度を整備していくことが重要です。


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