【導入:身近な違和感から】
「日本は失われた30年を経験し、経済的に没落した」という言説を耳にしない日はありません。しかし、私たちの日常生活を見つめ直したとき、本当にそう言い切れるのでしょうか。私は強い疑問を抱いています。
例えば、物価の象徴であるビッグマック指数を見てみましょう。米国では約900円(約6ドル)にまで高騰していますが、日本では480円に抑えられています。米国ではかつて日本より安かった時代もありましたが、今やその上昇幅は凄まじいものです 。所得も上がっているとはいえ、多くの中間層にとって、生活コストの上昇は給与の伸びを上回る負担となっているのが世界の現実です 。
【世界の「成長」の裏側にあるもの】 アジアの経済的成功例とされるシンガポールでも、変化が起きています。車を10年間所有する権利(COE)の価格が2020年から4倍に高騰するなど、物価の異常な上昇により、国外への脱出を考える人が増えているといいます 。 世界各国がこの30年で物価高騰に直面し、収入とのバランスを崩していく中で、日本だけが「物価が変わらない」という特殊な安定を保ってきました。この特殊性を無視し、従来の経済理論だけで「日本はダメだ」と切り捨てるのは、あまりに短絡的ではないでしょうか 。
【「生活の質」という真のインフラ】 日本のインフレ率の低さは、裏を返せば「生活の防衛」がしやすいという安心感に直結しています 。 さらに特筆すべきは、世界一と言っても過言ではない社会インフラの質の高さです。水道水がそのまま飲め、子供が一人で歩ける治安があり、東京―大阪間を新幹線が6分間隔で正確に結んでいる 。こうした「当たり前の豊かさ」を維持できている国が、他にどれほどあるでしょうか。
【古い物差しで測る限界】 そもそも、議論の根拠とされるGDPについて、その生みの親であるサイモン・クズネッツ自身が「GDPを国民の豊かさの尺度にしてはならない」と警告していました 。 また、経済学者のJ.S.ミルは、社会が成熟すれば無理な成長を追わず、精神的・文化的な豊かさを深める「定常状態」へ移行すべきだと予言しました 。近年、ジョセフ・スティグリッツ氏らがGDPに代わる新指標を提唱し、MMT(現代貨幣理論)の支持者が「日本こそが既存の経済学の間違いを証明している」と主張しているのも、偶然ではありません 。
【結び:ポスト成長時代の先駆者として】 日本は世界から遅れているのではありません。むしろ、無限の成長を追い求める資本主義の限界をいち早く察知し、すでに「ポスト成長時代」を見据えた成熟社会へと足を踏み入れているのではないでしょうか 。数字という古い物差しを一度捨て、私たちが手にしている「真の豊かさ」を再定義する時期に来ているのだと感じています。
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