日本人の識字率(リテラシー)は、長らく「ほぼ100%」とされており、世界的に見ても非常に高い水準だと認識されています。
しかし、近年、この数字が日本の実態を正確に反映していないのではないかという疑問が専門家から提起され、問題視されています。戦後間もない1948年以降、全国的な大規模な識字調査が行われていない中、不登校や在留外国人、そして加齢や病気などの理由で読み書きが困難な人の存在が指摘されています。
高い識字率の歴史的背景と、海外の文字体系の課題
歴史的に見ると、日本は江戸時代の寺子屋の普及によって庶民の識字率が非常に高かったという記録があり、教育水準の高さは長年の伝統であることは間違いありません。
一方、海外では識字率が低い国が散見されます。アルファベットを使用する言語は、漢字のような複雑な文字を使っているわけではないのに、なぜ識字率が低いのだろうかという疑問が湧きます。
実際に調べてみると、経済大国であるドイツでも識字率が問題になっていることが分かっています。その根本原因の一つは、ドイツ語の文字体系の複雑さにあると言われています。同じ発音でも綴りが異なる(例:ieとei)、複雑な綴り規則、および不規則な発音体系が、多くの学習者にとって壁となっているためです。
日本語の文字体系と識字率の真実
翻って日本語を考えてみると、ひらがなやカタカナは比較的シンプルですが、漢字で文章が書かれていると、かえって識字率は下がってしまうのではないかという懸念もあります。
しかし、国際的な調査では、日本の識字率の高さは、その文字体系の特性によって支えられている可能性が示唆されています。
かな(ひらがな・カタカナ): 音と文字がほぼ1対1で対応する表音文字であり、学習の初期段階において非常に体系的で直感的です。
漢字: 意味を表す表意文字であり、部首(サンズイなど)が意味のカテゴリを示すため、文字の学習に視覚的な手がかりを与えます。
つまり、日本語は**音を表す「かな」と意味を表す「漢字」**が相互に補完し合うことで、文字を学ぶ原理を容易にし、結果的に高い識字率を維持していると考えられるのです。
識字率の定義と国際的な役割
ここで、識字率の定義について改めて確認してみましょう。
ユネスコ(UNESCO)の定義は、「日常生活で用いられる簡単で短い文章を理解して読み書きできる15歳以上の人の割合」です。
確かにこの定義は曖昧です。「日常生活で用いられる簡単で短い文章」というものが具体的に何を指すのか、明確に示されていません。また、国や文化圏によって必要なリテラシーのレベルも異なります。
しかし、この国際的な識字率の定義は、主に低開発国の教育水準を向上させるための指標として使われるものです。世界中の教育課題を比較し、資源配分や国際的な支援の必要性を測るために、ある程度の曖昧さを含んでいても有効なツールであることに変わりはありません。
まとめ:真の課題は「見えない識字困難者」への対応
日本が自国の識字率の高さに誇りを持つことは、過去の教育水準の高さを示すという意味では間違いありません。
しかし、本当に重要なのは、国際的な指標で「ほぼ100%」を維持することではなく、国内に存在する**「見えない」識字困難者**(学習障害、高齢者、外国人など)の生活をいかに支えるか、ということです。
識字率調査を再び実施し、実態を把握することで、文字が読めなくても生活できるような**技術的なサポート(音声AIなど)**や、多様な学習の機会を提供していくことが、これからの日本社会の真の課題と言えるでしょう。
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